棚の隙間

自分の好きなものを綴っていきたいと思います。

今月のおすすめ本 2022.7月号『ダリウスは今日も生きづらい』アディーブ・コラーム著 三辺律子訳 集英社

 しばらく本についての感想を書く元気がなかったけれど、今回は書けそうな気がしたので書いてみることにした。

 主人公はイラン人の母とアメリカ人の父を持つペルシア系アメリカ人。とある理由から、母の故郷であるイランのヤズドを家族で訪れることから話は始まる。以下、公式サイト。

www.shueisha.co.jp

 主人公はアイデンティティに悩むこともそうだが、父親との関係で悩んでいたり、自身がうつ病で、悲しい気持ちや落ち込んだ気持ちが自分の意思に関係なく出てくることにも悩んでいる。私はダリウスのように複雑なルーツはないけれど、自分の健康状態で悩むことは理解できたような気がする。

 私もうつ病ではないけれど、うつ状態で通院して、薬を飲んでいる。ふとしたきっかけで、悲しい気持ちや気分の落ち込みが襲ってくる。そうなるのはうつ状態のせいだって、頭では分かっていても止められない。イライラするようにもなった。ダリウスにも所々そういった場面が出てくる。でも、ヤズドに行ってダリウスはソフラーブという親友と出会う。アメリカの学校や家でも居場所がないと感じていたダリウスにとって精神的な居場所になっていく。ソフラーブはいつも穏やかで、気持ちを察してくれるダリウスのよき理解者だ。だけど、ソフラーブも父親について、宗教的マイノリティであることから色々悩んでいることもダリウスに打ち明ける。二人は居場所がないことを繋がりに、互いに精神的な居場所になっていく。

 後半、とある出来事でソフラーブとダリウスの間に溝が出来てしまう。その時にソフラーブがダリウスに向けて言った言葉が私に向けられているようで悲しかった。

「泣くな!(中略)ダーリーウーシュには何も悪いことなんて起こってない。なのに文句ばっかり。人生で悲しいことなんて何もないじゃないか」P350

 そう、私自身には悲しいことなんて起こっていない。少なくとも私はソフラーブみたいに傷ついてはいない。何も悪いことなんて起きていない。だけど、どうして悲しいのか、苦しいのか自分でもよく分からない。それでも、圧倒的な悲しみを前にした人に自分の悲しみを比べてしまうのだと思う。

 ソフラーブは今まで、周りと自分の間に薄い膜を張って生きてきたんだと思う。いつも穏やかで、相手の気持ちを汲み取ってくれるその姿は、居場所がなかった彼が周りと衝突しないようにするための方法だったのかもしれない。仮に私がダリウスの立場だったら、悲しみと絶望を感じてしまうと思う。見放されたというよりは、自分と同じだと思っていた彼と自分は同じ人間(=共有)ではなかったと感じてしまうと思う。その後のダリウスとソフラーブがどうなったのかは実際に読んで個人個人が感じて欲しいなと思う。

 私が思うにこの話は、立ち直る話ではないと思っている。物語の中で出てくる問題から、立ち直っていないこともある。でも、立ち直っていない。でも、大丈夫。取りあえず立っていて、自分が愛されている、誰かを愛しているのを知っていることだと分かるまでの話だと思った。ダリウスの一人称で語られ、読みやすいのでぜひ読んでみて欲しなと思う。